「番場の銀次郎」
「お帰り」
「おかみさん、あっしに憶えがござんせんか」
「ござんせんかって、おまえさんだろ」
「お久しゅうござんす、七つの時生き別れた銀次郎でござんす」
「朝、仕事に行って帰って来たんでしょ」
「それじゃ、憶えがねぇと、言いなさるんで」
「バカなこと言わないで、お風呂に入ったらどうよ」
「訪ね、訪ねた母親に倅と呼んでもらえぬ・・・こんなやくざに・・・・」
「何言ってるの、あたしより年上のくせして」
「無理もねぇ、こんな旅がらすの恰好じゃ・・・・」
「早くカラスの行水でもなんでも、済ませなさいよ」
「こうして上と下の瞼を合せりゃ、やさしい、おっ母さんの面影が浮かんでくらぁ〜」
「あぁ、そうですか、そいつは、ようござんした、早く、お風呂」
「俺には、おっ母さんはいねんだ、逢いたくなったら、逢いたくなったら・・・・」
「遭いたかったら天下茶屋に行きゃいいじゃないか」
「あ、あのねぇ、人が折角いい気持でさぁ」
「あのね、妄想もいいかげにしておくれよ、毎日、聞かされる身にもなって・・・・」
「それじゃ、ごめんなすって・・・・おっ母さ〜ん」
「やめておくれよ、近所の人が驚いてるよ」
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「薄紅に 葉はいち早く萌えいでて 咲かんとすなり 山ざくら花」
———————————————若山 牧水
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