『看板屋宝船』
銀ちゃん、ほら見てごらんよ、あの船の一番前に座ってる、お人
あの人が、例の大和川の豊蔵さんよ、じっとこちら見てるだろ、
あぁ見えて繊細なところのある、お方だよ、
なんでも、この稼業に定着するまで、さんざ職を渡り歩いた苦労人よ
‘‘
あの右手の真ん中あたりで声高に何か、しきりに喋っている、すっとした男
あの人が天の橋立界隈で、せわしなく動いて、ちょいと身体を壊した
天馬の文吾さんだ、
‘‘
それから後ろのほうで、やたら笑ってばかりいる、あの若い男
あれが、美濃の国の「何でも屋鱗吉」さんよ、とにかく仕事の匂いがするところ
必ず、あの顔がいるんだから、
‘‘
一番後ろで、ぼ〜っと沖を見ている暢気そうな若旦那
あの人がお伊勢さんの街道沿いで黒い板を売ってる
奥山堂の若旦那紳一郎さんで、その横で眠たそうな顔で
釣り糸垂れている男がいるだろ、あの人が紳一郎さんが時々
高所の修行をさせていただいてる看板屋の親方で川北の雅吉さんだ、
‘‘
さっきから弁当ばかり食って、牛の乳飲んでる
酔ってもないのに滑舌がわるいのか何言ってるかわからない
男がいるだろ、あれが今場所十両に上がっ……じゃねぇ
尾張は岡崎の宿の看板屋さんだ、
‘‘
前の方で一人で酒飲んで、ニタニタしている
メガネかけた学者みたいな人が武州の伊佐蔵さんだ、なんでも
紳一郎若旦那とはソウル兄弟なんだって、二人で韓国でも
行ってきたんじゃねぇの、
‘‘
最後になったけど、あの小股の切れ上がった姐さん、
あの人が銀ちゃんも、ご存知の富次姐さんだ
なんでも、お江戸の方で親父さんは看板屋を営んでいるそうで
知ってのとおり、あの負けん気だろ、家飛び出して
何を思ったか、今じゃ浪速のお座敷芸者さんだ、
‘‘
なんで銀ちゃんは乗らなかったのよ
えっ、水先案内人だって?
まさか三途の川じゃないだろね
わかった、わかった、そう怒らないでもいいだろ
いつもは、誰彼かまわず好き勝手言ってんだから
まぁ、正月だ、大目にみておくれ
さぁ、看板屋宝船の入港だ
(とても宝船とは思えねぇ)
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